プロフィール

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1953年 北海道木古内町の酪農家の次女として生まれる(水瓶座・B型)
1964年 宇都宮市に転居
1971年 宇都宮市立東小学校・同陽北中学校を経て、栃木県立宇都宮女子高校を卒業
1973年~
1991年
製造業・編集企画会社で、総務、経理、営業、編集企画業務にあたる
1994年~
2003年
栃木県高齢者デイホーム事業・宅老所ひばり開設
・ひばり給食サービス開設
・グループホームひばり開設
・ケアマネひばり開設
(資格:介護福祉士・ケアマネジャー)
2003年 今市市会議員に初当選
2006年 日光市会議員に初当選
2010年 日光市会議員2期目再選
2013年12月 市長選出馬のため辞職

履歴

保育園や学童保育をフルに利用して、子育てと仕事を続けてきた。 前半は水産加工業の総務・経理に携わり、決してきれい事では無い合併吸収劇の悲喜交々を目の当たりにした。後半は県内の月刊誌「財界とちぎ」の記者、ビジネスステーション21の、企画・編集・営業に携わり、中小企業の経営者の取材にあたった。

企業経営の並々ならぬ努力や責任の重さを学んだ。企業は社員を養うことは元より、いかに顧客に満足してもらえるかを常に追い求め常に数字として明らかにした。納税を通じ社会に貢献していることを誇りとする経営者に何人も出会った。若手経営者の射るようなハングリー精神、県内屈指の企業を動かす重鎮経営者の静かな懐の深さ、いずれも熱い時代だった。

38歳、第三子の出産を機に企業は辞め、それまで関わっていた障がいを持つ若者たちへのボランティアもあり、福祉の道へ入った。そこには経営効率を求める企業とは異なる仲間たちの温かさがあったが、一方で障がい者の在宅生活を支える福祉サービスが立ち遅れていた時代だった。介護福祉専門学校の学生たちと組織を作り、障がい者の自立生活に関わった。

後に宅老所やグループホームを始めた際、多くのボランタリーな若者たちに支えられた。また、当時の今市には勁草のように強い女性たちが居た。宇都宮から転入したばかりの私を受け容れるてくれた先輩たちに感謝している。おかげで、NPO・市民活動もダイナミックに展開でき、実に面白かった。市民活動から議員として市政に携わることは私にとって自然な流れだった。ニュースの時間は静かにする家に育ったせいか、若い頃から社会の動きには興味があった。そこに意思あればやり遂げてしまう仲間とのパワフルな市民活動の醍醐味、制度によって大きく全体を変えることが出来る政治、いずれも奥が深く面白い。宇都宮から今市に転居して、ちょうど20年が経とうとしている。

趣味

野山遊び。川や側溝など水があるところは必ずのぞく癖がある。
魚取りが大好きで、未だに魚影を見ると目が輝く。
狩猟本能に富んでいる。
野鳥の声や姿にも足が止まる。食べ物の好き嫌いなし。

子供3人・現在は夫と二人暮らし